講演会:森田ゆりさん「エンパワメントと子どもの人権」

エンパワメントの二つのステップ

外的抑圧は、第一に社会の抑圧構造から生み出されています。たとえば虐待にしても、個人が起こしていることだけれども、その背後には社会のあり方が色濃く影響しているわけです。虐待している親には三つの要素があります。ひとつは、さまざまなストレスです。経済的な状況もそこに含まれます。二つ目に、身体的虐待の場合、体罰をしてもいいという考え方です。これは社会がつくり出したものです。三つめは孤立です。どれも個人の問題ではなく、第一に社会の問題です。子どもと二人だけで密室での子育てなんて、本来集団養育をする動物であるヒトの暮らしにはかつてなかったことです。

社会のあり方を変えていくというのは、エンパワメントの第一ステップです。法律や制度などを変えていく。第二ステップは、外的抑圧を内的抑圧にしてしまわないように、個々の関わりをつくっていくことです。支援者、教師、スタッフ……当事者との個別の関わりのなかで、その人を受けいれ、信頼関係を持ち、本人が持っている力を出せるような環境をつくっていく。そういう力があると信じて関わる。そういう試みのたくさんのくり返しのなかで、本人が自分のなかにある力に気がつき、それを活性化していく、使っていくことができる。本来、持っている力を引きだしていく、そういう関わり方のことをエンパワメントといいます。

そのためには、共感する、相手を受けいれ、信じ、見守ること、対話を重ねていくことが不可欠です。そうすることで、一人ひとりが自分の持っている力に気がつき、発揮できるようになる。

私は虐待に至ってしまった親の回復プログラム「MY TREEペアレンツ」プログラムを2001年に開発して以来、それを実践する人を日本各地に育ててきました。

「子ども虐待とはこれまで人として尊重されなかった痛みや悲しみを怒りの形で子どもに爆発させている行動です。MY TREEはその感情、身体、理性、魂のすべてに働きかけるプログラムです。木や太陽や風や雲からも生命力の源をもらうという人間本来のごく自然な感覚を取り戻します。さらに自分の苦しみに涙してくれる仲間がいるという、人とつながれることの喜びは、本来誰でもが内に持つ健康に生きる力を輝かせるのです。」

これは2001年にMY TREEプログラムを始めた時に作成したリーフレットのイントロの文章です。今も少しも変わらない信念のもとで同じリーフレットを使って実践を続けています。

その人の問題を外から分析して指摘し、指導することでは、その人の変化にはつながりません。いくら分析して指摘しても、実際に、その人にどういう力があって、どういうときに使えるのかを、その人といっしょに考え、指摘し、その人が受けいれられるような言葉で伝えていくのは、すごくスキルが必要です。どんなにひどいと思える親でも、いろんな力を本来持っている。それを信じていく。信じるというスタンス、立場。それがなかったらエンパワメントにはなりません。

体罰の問題もいっしょです。罰を与えるという関わりをしていると、悪いところばかり、バツばかりが見えてしまう。脳がそういうふうに訓練されてしまうんですね。そうではなく、マルを探すよう訓練しないといけない。マルが見つかったら、それをその子に伝えていく。それは特別な才能とかではなくて、「あの子にこんな言葉をかけてあげたね」とか「掃除をしたね」とか、そういうマルがいっぱい増えて、子どもに自信ができていく。そう言ってくれる先生や親とのあいだに安心な関係が生まれる。安心と自信があって、自由という行動選択をしていくことができる。痛みや恐怖で子どもをコントロールする体罰は、いっさい役に立ちません。たいへんな状況にある子どもに、いかにマルをいっぱいあげていくことができるか。いかに、その子自身が自分の力を発揮できるようにできるか。それが、教育者、親、フリースクールのスタッフなどが学んでいくべきスキルだと思います。

子どもは関係のなかで癒やされる

私たち一人ひとりが子どものエンパワメントに不可欠な環境になること。環境を整備するというのは、公衆衛生学の考え方です。環境を整備することで、すべての人の健康を保障していく。その環境というとき、大きな要因は人間です。児童精神科医で脳神経生理学者のブルース・ペリーが次のようなことを言っています。

トラウマとそれに対する我々の反応は、人間関係を考えに入れずに理解することはできない。地震にあって生き延びた場合でも、繰り返し性的虐待を受けていた場合でも、一番問題となるのは、こうした経験がその人の人間関係にどのような影響を及ぼすかだ。あらゆる不幸な出来事において最大のトラウマにつながる部分は、人間関係の崩壊である。子どもの場合は特にそれが顕著に表れる。(中略)トラウマやネグレクトからの回復は、すべて人間関係に関わってくる。信頼を再構築し、自身を取り戻し、安心感を得、あらためて愛情を手に入れるのだ。(中略)われわれが治療した後にめざましい成長を見せた子どもたちは、例外なく、強力な人間関係のネットワークに囲まれ支えられていた。

ブルース・ペリー&マイア・サラヴィッツ『犬として育てられた少年:子どもの脳とトラウマ』

彼の持っているケースは、深刻なトラウマを持った子どもたちばかりです。被災体験や虐待体験、カルト教団で育った子どもたち……。彼は、そういう深刻なケースにおける治療方法論を確立したのですが、それは脳の発達研究から来ているんです。彼は脳神経生理学者であると同時に、とってもすぐれた子どもの対話者、すぐれた児童セラピストです。

彼の治療法は、シークエンサーモデルというものです。0歳児だったら脳幹を中心とした治療で、マッサージなどですね。1~2歳だったらリズム感と、年齢の発達に応じた治療方法になっています。脳のいろんなホルモンの影響もわかってきているので、それに基づく薬も、適切なものを適切に使っています。しかし、そういうものが子どもを癒すのではないと、彼はハッキリ言っています。親であり、親戚であり、友人であり、身近にいる人間の関係こそが子どもを癒やすのだと。

主催者の方たちの今後の事業の方向は、ソーシャルワークのアプローチを活用して、いろんな分野の人たちの人間関係のネットワークをつくっていく、ということでしたね。子どもを癒やすには、人間関係のネットワークが不可欠です。もう一つブルース・ペリーの主張を引用します。

乳児が正常に発育するには、主に一人か二人の特定の養育者から献身的な世話を受ける必要がある。この養育者には、新米の親に課せられる多大な負担を理解してあげる優しいコミュニティが必要だ。人間家族の歴史をさかのぼると、母親だけで、あるいは母親と父親だけで子どもを育てるのは普通ではない。

(前掲書)

母一人で子育てをしていてうまくいかないのは当たりまえ。それで母親が自分を責める必要はないのです。

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