シンポジウム:坂上香さん、山下英三郎さん、山口由美子さん「『問題』から『つながり』へ」

シンポジスト
坂上香(ドキュメンタリー映像作家、『ライファーズ』監督/写真右1人目)
山下英三郎(日本スクールソーシャルワーク協会名誉会長/写真右から2人目)
山口由美子(西鉄バスジャック事件被害者、親の会「ほっとケーキ」主宰/写真左から2人目)
司会・記事編集:山下耕平(NPO法人フォロ理事/写真左1人目)

——————————————————
シンポジウム「問題」から「つながり」へ
〜不登校・ひきこもり・貧困と関係修復〜
映画『ライファーズ』上映会後のシンポジウム(抄録)

日 時:2016年1月10日
場 所:エル・おおさか
初 出:『Fonte』第428号(2016年2月15日/全国不登校新聞社)
——————————————————

坂上香(以下・坂上):私は中2のとき、集団リンチで半殺しの目に遭いました。その被害経験自体、苦しかったですが、事件をめぐる状況も問題でした。そのとき、誰も助けてくれなかった。先生までが「命に別状はなかったんだから学校に来い」と言うだけで、その後、いっさいケアされることはありませんでした。そのため、この被害経験にとらわれる時間は長く、フラッシュバックに襲われることもたびたびでした。

18年後、唯一、信頼していた先生にバッタリ会う機会がありました。そのとき、その先生自身、生徒からの集団リンチに遭って、ひどいケガを負っていたことを知りました。先生は開口一番、「すまんかった」と言ってくれました。そこで、ようやく腑に落ちるものがありました。

一方で、家庭も安全ではありませんでした。母の育て方は、当時は厳しいだけと思っていましたが、いまだったら、虐待を受けてきたんだと言えます。しかし、当時は言語化できず、モヤモヤとしたなかで、私自身が、弟という一番弱い存在に暴力を向けていました。私は加害者でもあった。加害・被害というのは、そうかんたんに分けられる問題ではないんですね。

そういうことから、私はテレビ番組制作の仕事で、暴力の問題を取材するようになりました。そこで、アリス・ミラーの『魂の殺人』(新曜社1983)に出会います。アリス・ミラーは、家庭内の虐待だけではなく、教育の名の下の暴力、社会常識のなかの暴力などがあって、その暴力が脈々と世代間連鎖していることを指摘していました。そして、それを止めるには、そこに意識を向け、働きかける必要があると言っていました。私は、ぜひ会いたいと思い、アリス・ミラーにアプローチしました。そこで彼女に紹介された団体のひとつが、アミティでした。アミティの特徴を、今日のテーマに則して3点あげます。

①助ける証人/事情をわきまえた証人
 「助ける証人」というのは、子どもが虐待などを受けているとき、実際に助けてくれる人のことです。そこまではしないけど、何かが起こっていると気づいていて、その人に関心を向ける人を「事情をわきまえた証人」と言います。アミティでは、そういう「証人」を持たなかった人たちに、再体験の機会をつくっています。

②サンクチュアリ
 サンクチュアリは、安心・安全な場所のことですね。加害行為にいたる人には、サンクチュアリがなかったわけです。それをつくっていく。

③エモーショナル・リテラシー
 自分の感情を理解し、受けとめて、非暴力的な方法で表現することを言います。アミティでは、くりかえし、これを身につけるように働きかけています。

この3つは、私にもなかったものでした。いまでも、エモーショナル・リテラシーがあるほうではないと自覚してますが(笑)、アミティを通じて、自分を理解できたように思います。

山下英三郎(以下・山下):私がスクール・ソーシャルワークを始めたのは1980年代半ばですが、そこで直面したのは、いじめの問題でした。85年、鹿川裕史くんがいじめを苦に自殺します。以来、いじめを生み出す状況をなんとかしないといけないと思って、教育や学校のあり方を考え直すことを訴えてきました。しかし、94年にも大河内清輝くんが自殺する事件が起きる。いくら問題を訴えても、当事者に届いていない。もっと具体的な方法論が必要だと、模索し始めました。

そのころ、坂上さんが制作した番組を通じて、アリス・ミラーやアミティ、修復的アプローチについて知りました。これはきっと自分の活動に活かせる、やっと具体的な方法論に出会ったと思いました。当時は少年法を厳罰化する方向で「改正」されようとしていた時期でした。しかし、加害者を厳罰に処するだけでは、暴力を再生産するだけです。社会全体が生きづらくなってしまう。それに対して、修復的アプローチは、関係を再構築する方向を持っている。共生的な関係を再構築して、社会のなかのサンクチュアリ度合いを高めていくことが必要だと思っています。

山口由美子(以下・山口):私は西鉄高速バスジャック事件の被害者です。2000年5月3日、私たちの乗ったバスが高速道路に入ってしばらくして、ひとりの少年が立ち上がり、「このバスを乗っ取った」「後ろに下がれ」と言って、牛刀をふりかざしました。でも、ひとりだけ居眠りをしていた方がいらしたんですね。それに気づいた少年は逆上して「おまえは俺の言うことを聴いてない!」と言って、その方の首を刺しました。そのとき、「あ、彼は本気だったんだ」と感じました。もとから人を殺したいと思って生きている人はいません。私は彼に「本来の心に戻ってほしい」と思って、気を送っていました。

その後、運転手さんが「トイレ休憩も必要では」と提案して、路肩にバスを停めて、ひとり目の方が降りたんですが、その方は高速道路の電話で通報したそうです。そのことに気づいた少年は、あわててバスを出発させると、私の前に来て、「あいつは裏切った。連帯責任です」と言って、私を斬りつけました。何度も斬られ、通路に転がり落ち、自分の血を見ながら、自分の傷を感じながら、私は「少年はこんなにしなければいけないくらい、傷ついていたんだ。私の傷と同じくらい傷ついていたんだ」と感じました。そして「この少年を殺人者にするわけにはいかない」という思いが、なぜかわき起こり、傷の浅かった右手で自分の身体を支え、左手は肘掛けに置いて心臓より高くに置いていました。「彼を殺人者にしたくない」という思いが、自分の命も守ったなと、後から思いました。

少年は、つらくて、さびしくて、愛情を感じさせないようなそぶりでした。そう感じたのは、娘の不登校経験があったからだと思います。中学で不登校して、非常に厳しくさびしい姿をしていた娘と、少年の姿がどこかでオーバーラップして、少年を受けとめられたのかもしれないと思います。ですから、その子の生き方を認めて誰かがそばにいてくれることが大切だと痛感しました。大人は、本人を信頼してそばにいるだけ。それを「事情をわきまえた証人」というのかもしれませんね。

コメント

タイトルとURLをコピーしました