旅先で思ったこと
大渓 裕美 (おおたに・ゆみ/スタッフ)
News Letter#17/2007.09.10より
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1先日、私は静岡県伊東市で開催された「登校拒否を考える夏の全国合宿」に参加してきた。その帰り、伊東の駅前を散策していたら、水色のペンキで塗られた年季の入った木造建築の店構えが目に入った。見た目は薬屋さんのようだったが、近づいてみると「椿油」の入った小瓶が棚に並んでいる。店には駄菓子や花火も売っていて、まるで何屋かわからないのだが、どうやらそこは「椿油店」らしかった。私は成人式のときに椿油で髪をまとめてもらったことがあり、以来気になっていたので、いちばん小さな瓶を買って帰ることにした。
店のおじさんに商品を手渡したとき、横に木製の古い箱があることに気がついた。「椿油濾過器(ろかき)」と書いてある。
「これって今も使えるんですか?」
「ええ、もちろん。中をよく見てみて」
……え? 目を凝らして見てみると、確かに箱の上に吊るされた布袋から、油らしきものが滴っている。
「近所の人はね、自分で空の瓶を持ってくるんだよ。計り売りもしてるからね」
そのようすを想像しただけで私はうれしくなった。この店では、あからさまに「地球にやさしく」「環境を考えて」などとは言っていない。「空き瓶を持って買いに行く」ことは生活に根づき、今まで繰り返されてきているだけだ。
さらにおじさんは「最近レジの売り込みが多くてね。うちの店はこれで事足りてるというのに。」と言って、机の引き出しを開け、おつりを手渡してくれた。そう、この店にはいわゆる機械のレジスターはなく、小さな引き出しがレジ代わりなのだ。必要のないものは、いくら便利でも無理には買わない。修理して何度も使う。
世の中がどう動こうと、変わらない、流されない強さを持ちたいと思う。それは特別なことではなくて、日常の中にある小さな「希望」を捨てないことだと思う。居心地の悪い世の中を嘆くだけじゃなくて、無理に世の中を変えようとするのでもなくて、今の世の中とどうやって付き合っていくか。子どもたちは敏感だ。おかしいと思えば、全力で立ち向かう。私の好きなミュージシャンの歌詞に、『ただ僕等は絶望の“望”を信じる』というフレーズがあるのだが、まさに学校に行かないことは絶望なんかじゃない、希望だと思う。その小さな光を消さないように、私たち大人はもっと敏感に世の中を見ていかなきゃいけないだろう。私に何ができるだろう? まだ答えは出ないけれど、少しずつ考えていきたいと思っている。
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ボランティア、スタッフの声から...
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