それを認めてあげて
 
西内 友梨  (にしうち・ゆり  19歳)
 News Letter#14/2006.09.10より


 私は不登校を約4年経験して、今は大学に通っています。一応不登校から「立ち直った」と言われる状況にあります。けれど私はそうは思いません。その言葉自体に違和感を覚えるし、なにより、私の考える基本的なことは変わっていませんから。どうして学校に戻ったら不登校が解決したとなるのか、首をかしげるばかりです。

 私が学校に行かなくなったのは中学2年生の時でした。理由を聞かれると、「いじめのターゲットになったから」と答えます。これが一番単純明快でわかりやすいですから。でも、それはきっかけに過ぎません。私は小学校低学年のころから、学校には合わないと感じていました。特定の個人に対する噂や悪口、こういった言葉を聞くたびに、居心地の悪さを感じていたのを覚えています。まるで、教室が牢獄のように思えて仕方がありませんでした。「誰にも必要とされていないのに、どうして私はここにいるのだろう……」とよく学校にいなければならない意味を考えました。そして、誰かに助けてほしくてたまりませんでした。「無理して学校に来なくていい」と言ってくれる誰かに。
 けれど、そんな人がいるはずもなく、とうとうガマンできなくなり学校に行かなくなったのですが、はじめの頃は罪悪感でいっぱいでした。1日中部屋に閉じこもり、「ほかの子はがんばって学校に行っているのに、私は行っていない……」「私は弱いから、学校から逃げたんだ」と自分を責めては自己嫌悪におちいっていました。同時に、ひたすら考えごとをしていました。自分のこと、家族のこと、学校のこと、将来のこと……、この考える時間が本当に貴重だったと、今では思います。

 中学校はそのまま行かずに卒業し、その後単位制の高校に入りました。1年間はなんとか通ったのですが、やはりというか、高校2年生のときからまた学校に行かなくなりました。その後大検の資格を取って大学に入学し、今にいたっています。
 私が不登校になったのは自然な流れでそうなったのだと思っています。むしろ、いい経験になりました。フォロにも出会うことができましたし。フォロのスタッフさんはとてもいい人たちばかりで、今でも月に1回くらい遊びに行っては癒されています。

 しかし、私は今大学2年生なのですが、休学しようと思ったくらい大学になじめなかった時期がありました。もう終わったはずなのに、中学の頃を思い出して授業中に手が震えたり、しまいには泣き出してしまったり。なぜか不安で仕方なく、心療内科に通い始めたのもこのころです。

 私は学校(おもに中学校)にいるあいだ、つらいとはできるだけ思わないようにしてきました。そう思うと余計つらくなりそうで、負けを認めるような気がしたからです。心療内科の先生に、「本当はつらかったんだよ。それを認めてあげて」と言われて、ようやくそのことに気づきました。気づいた瞬間、気がゆるんだのか、泣けて仕方がありませんでした。私はずっと、誰かにそう言われるのを待っていたのだと思います。

 このようにいろいろありますが、最近やっと大学生活が楽しめるようになってきました(こう発言するのは勇気がいります)。友人もできましたし、なにより先生とおしゃべりするのが一番楽しい。好きな先生がいたから、いま通っている大学に入ったと言っても過言ではないと思います。

 けれど、ときどき、中学校のころを思い出してやるせない気分になります。そのころの自分にもう大丈夫だよと手をさしのべてあげたい、そんな気分に。そう思うたびに、私の「不登校」はまだ終わっていないんだなぁと感じてしまうのです。
子どもの声から...