新しい自分
谷川 伸一郎 (たにがわ・しんいちろう
17歳)
News Letter#12/2006.01.01より
|
僕は小学校3年生から中学3年生までの約7年間、ほとんど学校へは行ってませんでした。原因は小3のときの担任からのいじめのようなもので、宿題を1ページ忘れただけで教室の後ろに立たされ「何で忘れた?」と何度も言われ、教室のみんなから見つめられプレッシャーをかけられ、何もしゃべれなくなって、授業の1時間ずっと、泣きながら立たされていました。そのときの担任の目は、まるで汚れた雑巾を見るかのようで、明らかに自分の生徒をみる目つきではありませんでした。
次の日、「学校を休む」と親に電話してもらって家にいたのですが、急に担任が家まで来て、腕を引っ張って無理やり学校まで連れて行かれました。親に「こんなのはイヤだ」と話をしても理解してもらえず、親も無理やり連れて行こうとして、行かなければ怒鳴られるうちに誰も信じれなくなり、自殺する夢を見たり、実際にビル3階辺りから飛び降りたりしたのですが、当然死ぬこともなく、足が痺れるだけで、どうしようもない気持ちになりました。
マンションの屋上から飛び降りればすむことなのに、3階で終わったのだから、どこかで死にたくはなかったのかなと、いまは思っていたりします。
小4のときの担任も、無理やりおんぶをしたりして連れて行く人でした。ただ、小3のときとちがったのは、「学校にいるときは先生と生徒、それ以外は友だちで付き合おう」と言ってくれたことでした。小さなメモ帳に、今日思ったこと、学校に行ったらしたいことなどを書いて交換日記みたいにして自分の気持ちを伝えていたおかげで、少しは気が楽になっていったような気がします。無理やり連れて行くのには変わりありませんでしたが……。
小5〜6年は、2年続けて同じ担任で、この担任も初めは家まで来て連れて行く人でした。でも、いい加減うんざりしていたので、「もう家には来ないで」と伝えると、「行きたいと思ったときは一番信頼している友だちを迎えに行かせるから来たいときは来てくれ」と言ってくれ、その後は、よほどのことがないかぎり家に来ることはなくなり、とても気が楽になりました。
小学校卒業の日は、とても大変でした。卒業式当日、朝出かける準備をしていたら、急に小3のときに教室であった多数の目線のことが頭から離れず、腹痛や吐き気がしてきて、学校を休むと親に頼んだのですが、「頼むから最後の日だけは出てくれ」と泣きながら言われ、「式に出なくてもいいなら」と、担任にもそのことを伝えるように頼んで、学校へ向かいました。しかし、またまた担任に腕を引っ張られながら、式に無理やり連れて行かれました。「最後の最後にコレかよ」と、少し裏切られた気持ちになったのを今でも覚えています。
中学に入って、いやな担任からも解放され、やっとふつうに登校できると思っていたのですが、やはりというか、ダメなものはダメなようで、初日に1回登校をしてから1年目は、ほとんど行けませんでした。中学の担任は1年〜3年まで同じ人で、この人も家に来ては無理に連れて行く人でした。と言っても、今回は教室ではなく保健室でもいいと言ってくれたので、少し楽に行けていました。
休み時間になると友だちが話をしに来てくれたり、保健室でやっていた勉強を見てくれたりして、とても楽しくやっていられました。中2の1学期は、1年のときと同じように保健室登校をしていて、ある日に担任と友だちが「部活だけでもいいので来てみないか?」と誘ってきて、少し顔を出してみようと思いました。いま思えば、ここで部活に顔を出していなければ、中学にはほとんど行っていなかったと断言できるほど、部活は充実していました。
中2になり、登校回数や時間も増え、保健室に登校して1時間ほどですぐ帰っていたのが、次第に午前中は保健室、午後からは教室で授業を受け、授業が終わると部活に行けるまでになっていました。2学期になってからはほぼ毎日登校できるようになっていて、毎日がとても充実していてよかったのですが、3学期は2学期で力を使いすぎたのか急に学校へ行けなくなりました。
学校に行っていないあいだに、何とか「学校へ行こう、外へ出よう」と思って午前中で帰ったり午後から登校したりしていたのですが、どうにも教室という空間になじめず、そんな自分に失望したりしていました。
そのまま3年になり、受験でいろいろ悩まされていました。幼なじみの女の子から手紙でいろいろアドバイスをもらったり、プリントをもらったりして、担任や親からもいろいろ聞かされ考えているうちに頭の中がゴチャゴチャしてきて、プレッシャーで押しつぶされそうになりました。そのときに小3のときにあった自殺願望がまた芽生えてきて、実際に腕や手首を切ったり、自殺する夢を見るようになっていました。リストカットとは不思議なもので、痛いはずなのになぜか落ち着くというか、頭の中を真っ白にすることができました。何回か自分の腕を切ったりして自分を保ちつつ、結局、高校は行かないことに決め、中学を卒業しました。
中学を卒業して、いま、ちまたでよく耳にする「ニート」になり、ほぼ変化のない家の中で約2年ほど閉じこもっていたある日、自分の机の整理をしていて、中3のときに幼なじみからもらった手紙を見つけ、懐かしいと思いならが目を通していたときに、「変わりたいのなら、まわりの変化を待つんじゃなくて、自分から変わらないとダメ」という一文を見つけ、今の自分が情けなくなり、こんなことをしている場合じゃないと、インターネットで不登校の子どもでも行ける学校を探しました。フォロのホームページを見つけ、親に話してみると、「行きたいと思えたのなら行けばいい」と言われ、フォロに体験入会で行ってみて、ココしかないと思い、即入会を決めました。
初めのころは学校と同じでなじめずにいたのですが、フォロの人たちのほうから誘ってきてくれたりしたので、いつの間にかなじめている自分がいました。フォロに来る前は愛想笑いしかできなかった自分が、今ではしょうもないことでも思いっきり声を出して笑えることに、うれしく思えるようになりました。それだけ何かを変えてくれる何かがフォロにはあると思います。
最後になりましたが、長々としたダメ文章をここまで読んでくれた方にはお礼を申し上げたいと思います。最後までどうもありがとうございました。
|
|
子どもの声から...
|
|
|
|
|