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「ニート」「ひきこもり」など、何かと若者をバッシングしたがるご時世ですが、バッシングしているオヤジたちも、なんだか希望をもって働いているようには見えません。私たちは、若者をバッシングするのでも、訓練するのでも、支援するのでもなく、若者たちがおたがいに関係を結び、さまざまな人や現場に学んでいく、若者の居場所的ネットワークを始めました。
日本では、学校や会社に行っていないと、「居場所」は、なかなかありません。それは、とても貧困な社会と言えるでしょう。コムニタス・フォロは、人が学歴や経済価値で一面的に評価されることなく、若者たちがおたがいに関係を結んでいく、居場所的なネットワークです。
コムニタス・フォロは、試行錯誤しながら、自分たちが手探りで活動を練っていきます。毎週火・土曜日のサロンを中心に活動しています。
コムニタス・フォロでは、ときどき、いろんな現場に出かけたり、いろんな人の話をうかがって、さまざまな生き方、さまざまな価値観に学んでいます。
変だと思う社会に自分を合わせるのではなく、自分の感じているものを大事にしながら生きていくことはできないのか? コムニタス・フォロでは、NPOや、オルタナティブな活動をしている、さまざまな分野の人たちに学ぶなかで模索しています。
●「コムニタス」の意味は...
私たちは社会構造のなかで過ごしていますが、それだけでは、地位や役割で評価される「部分」しか生きられないと言えます。誰しも、社会的な役割ではない部分、ハダカの自分で生きられる場を必要としていて、そういう場のことを文化人類学者が「コムニタス」と呼んだりしています。また、コムニタスは、そこを通過して、あらたに社会関係へとつながっていく場でもあります。
※もとはラテン語で、「コミュニティ」の原語。
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